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大月 由華さんの活動紹介

発達が気になる園児Aくんのために、保育士としてなにかできないか?

大月 由華さんの活動紹

小規模認可園で2歳児クラスの担任をしている保育士の大月由華さんは、園児のAくんのことを気にかけています。Aくんは、多動性がつよく、あまり目を合わせてくれることもなく、こちらの指示が入りにくいなど、発達障害の特徴が見られました。

診断を受けたわけではないし、お母さんもそうは思っていません。

しかし、これまでいろんな園児と接してきた大月さんは、直観的にそのことに気づいています。

「Aくんへの保育は、他の園児とおなじでよいのか?」

「なにかしてあげられることはないだろうか?」

「親御さんには、このことを伝えたほうが良いのだろうか」

手あたり次第、本を読んでもピンとこない、いろいろやっても効果がみられない。

大月さんは、Aくんとのかかわりに自信が持てません。かといって、園には経験豊かなベテランがいるわけではないので、教えを乞うこともできません。そこで、覚悟を決めます。

『自分が先に立って学び、伝え、知識を共有することで、園全体でAくんに同じようにかかわっていけるのではないか』

そして、発達障害についての本を手当たり次第に読んで、レジュメにまとめ、園内ミーティングで共有までしました。そこに書かれていることを、できる限り実践してみました。しかし、どれもうまくいきません。

アタッチメント発達支援は、インクルーシブ保育に通じている

そんななか、たまたまインターネットを見ていて、日本アタッチメント育児協会の「アタッチメント発達支援アドバイザー講座」にたどりつきます。そこには、『発達障がい児の保育や子育ては、健常児と基本的にはおなじ。それをより丁寧に、手をかけるのだ。そのためには、発達障がい児の特徴を知ることが大事だ』とありました。

大月さんは、障害の有無に関係なくその子らしさを尊重し、どの子も主体的に園生活を送れるように一人ひとりを大切にしようとする「インクルーシブ保育」を “保育の理想のあり方”として、かねてより注目していました。同時に、「それは理想だけど、実際はそんなわけにはいかないだろうなあ」とも感じていました。「アタッチメント発達支援」は、インクルーシブ保育を実践的に提案してくれていると直観的に思い、すぐに受講を決めました。

アタッチメント発達支援は、インクルーシブ保育に通じている

発達支援マッサージでAくんに大きな変化が!

これまで、おひるねの時間に、とくにAくんに悪戦苦闘していました。布団に誘っても嫌がる、横になっても他が気になり遊びはじめてしまうという毎日でした。

大月さんは、講座で学んだ「衝動抑制の乏しさ」が関係していると考え、衝動抑制スキル獲得のための取り組みとして提唱されていた「発達支援マッサージ」を、毎日おひるねの前に実践しました。「マッサージしてみようか?」「これ気持ちいい?」と声をかけながら、もっとも嫌がらなかった足からマッサージをはじめてみました。

何日かすると、Aくんに明らかな変化がみられました。最初の反応は、Aくんに足のマッサージをしていたとき。発達障がい児は、強めの刺激やしっかりしたマッサージ、つまむ、はさむ、などの動きを好むと習ったので、少ししっかり目に足の指をつまむマッサージをしていたときのこと。

Aくんが「アッ!」と足の指の感覚をはじめて知ったような反応をして、足の指を自分で見ようとしました。「足の指だね、おててもやってみる?」と声をかけ、反応を見ながら腕から手のひら、指、爪の先まで範囲を広げていきました。

発達支援マッサージによって、感覚統合が促され、苦手は軽減する

このAくんの反応について、わたしから少し解説します。発達障がい児は、身体地図がしっかりとは形成されていません。そのため、自分のからだへの興味が薄いことがあります。しっかり目の足のマッサージによって、まさに「はじめて足の指の感覚を知った」のでしょう。それによって、足の指への興味が湧いたのです。これは、感覚統合といって、発達障碍児の苦手の多くの原因となっている感覚の処理を司る脳機能がつながったということです。大月さんが良かったのは、さらに、この流れで手や指、爪へと移行したことです。こうして、全身に感覚統合が広がることで、発達障がい児の苦手が軽減されてゆきます。

発達の階段を、着実にのぼりはじめたAくんの大きな成長ぶり

Aくんは、だんだんマッサージされているうちに眠りについてくれることが多くなりました。このころから、おひるねのときの声かけも、「ねんねしようか」から「マッサージしようか?」に変えました。さらにマッサージの際も「マッサージ、ぎゅっ、ぎゅっ」と、いつも決まった声かけをするようにしました。この決まった声かけも、言語発達とコミュニケーション促進に効果があります。

するとこれまで、どの保育士にも一様に目を合わせることもなく、反応が薄かったAくんが、大月さんの姿を見つけると、「アッ、センセイ~」と声をかけてきたり、膝に座ってきたり、体にふれてくれるようになりました。これまでには見られなかったアタッチメント行動を、大月さんに示すようになったのです。大月さんは、Aくんにとって欠かせないアタッチメント対象者になったということです。

Aくんの変化は、それだけではありませんでした。園には、生後7か月のAくんの弟も通っています。この弟に「ぎゅ~ぎゅ~」といいながら足をマッサージしたり、爪の先をつまんであげたり、お友だちに対しても、もみもみしている姿がみられるようになりました。自分で自分の指をマッサージしていることもあります。

これは、自我のめばえと確立、そして他者への関心がめばえてきた証です。さらにその先には、社会性のめばえがあります。Aくんは、この短期間に確実に発達のベクトルを大きく前に進めたことがわかります。

発達の階段を、着実にのぼりはじめたAくんの大きな成長ぶり

変わったのはAくんだけじゃない

変化はAくん本人だけにとどまりませんでした。これまで、おひるねの時間に、Aくんにつられて、バタバタしてしまう子たちがいました。その子たちの寝つきもよくなったのです。

大月さんは、さらに同じ園の他の保育士と「発達支援マッサージ」のやり方を共有する勉強会を行いました。そして、園全体で、他の発達が気になる子や、寝つきの良くない子にマッサージをすることを試みました。

この取り組みは確かな手ごたえがあったのとともに、保育士の側の変化もみられました。寝かしつけが苦手な保育士が、マッサージの導入で、自分でもうまく寝かしつけられる自信がついたのです。

こうして、園全体でアタッチメントの大切さや発達障害そのものの知識が深まったことによって、保育の中で、できないことよりできることに目をむけることが増えてきたと、大月さんは言います。

さらに、Aくんのお母さんをはじめ、他の親御さんとも、マッサージのやり方や意義を共有するためにベビーマッサージのリーフレットを作って配りました。お母さんのなかには、『最近マッサージをしています、ふわふわのおなかや太ももをもみもみするのが楽しく、子どもをかわいいなと感じています』と連絡帳に書いてくれた方もいて、とてもうれしかったと言います。

大月さんの今後の展望

『子どもの生活時間のほぼすべてといえる遊びに、自然と発達支援につながるような運動や取り組みがあったら学びたい』という思いから、すでに「ベビーキッズ・あそび発達インストラクター養成講座」を受講した大月さん。

今後は、あそび発達で学んだ日常の遊びや、親子体操を園での活動に取り入れたり、家でも取り組んでもらえるようにプリントにまとめて親御さんに配布していきたいと言います。

将来的には、発達支援は気になる子だけのためのもの、というイメージをなくしていきたい。気になる行動は、子どもの「中」だけではなく、子どもの「外」つまり、保育士の子ども理解が十分でないために、保育の道筋がみえず、「気になる」という言葉を使っている場合もあると気づいたので、気になる子だけが気になるのではない、と伝えていける保育士でありたいと考えているそうです。

廣島からの感想と応援

大月さんの保育は、「これでいいのか?」と悩む保育から、「あれをしてみよう!これもためしてみよう!」の保育に変わりました。きっかけは、学びをはじめたことでした。

「本を読む」という誰でもできる最初の一歩を踏み出したときから、大月さんの物語は動き始めました。それは、すぐにうまくはいきませんでした。しかし、本でダメなら研修を受けようと、次に進みます。もともと推進力のある方なのでしょう。

さらに大月さんは、講座で学んだことを信じて、素直に実践しました。この「素直な実践」が、簡単そうでなかなか出来ないのです。さらに、それを園で共有したことで、変化は、園全体におよび、最終的にはお母さん達にまで届いています。

これから大月さんは、ご自身が当初から保育の理想としてきた「インクルーシブ保育」を、本当の意味で実現していかれることでしょう。わたしも、せいいっぱい応援させてもらいます。すばらしい活動報告、そして大月さんとAくんの成長物語を聞かせていただいて、本当にありがとうございます。