第9回育児セラピスト全国大会2018「心を救うママケア」

対談:マインドフルネスは、子育てを救えるか?

第8回育児セラピスト全国大会

廣島 よろしくお願いします。

森田 よろしくお願いいたします。

廣島 今日は、対談という形なんですけど、実はほとんど打ち合わせしてません。事前に打ち合わせしてしまうと、こういう対談って予定調和で面白くないんですよね。だから、話の中で何が出るか、お互い分かってませんね。

森田 分かってないです。

廣島 では、まず最初に、世の中的にいうと、マインドフルネスってよく分からないものっていうイメージだと思うんですけど、森田先生の生徒さんなんかは、マインドフルネスを、どんなものだと思ってレッスンに来られてるんですか。

森田 マインドフルネスは今、すごく注目されていて、ビジネスマン向けの雑誌ですとか、書店に行くと、シリコンバレーのビジネスマンがやってる休息の方法とか、瞑想法とか、ほんと平積みになっていますよね。なので、よく質問されるようになりました。「先生、マインドフルネスってなんですか?」とか、「マインドフルネスの瞑想と、ヨーガの瞑想は何が違うんですか?」とか。皆さん、すごく興味を持たれていて、それが自分にとって何かプラスになるんじゃないかって、すごく期待を持っている印象がありますね。

廣島 生徒さんは、ヨーガとマインドフルネスは、違うという印象を持ってるのでしょうか。

森田 そうですね。やはりマインドフルネスのベースは仏教にあるとか、そういったご説明はするんですけども。とにかくマインドを落ち着かせて、自分がいいパフォーマンスが出せる、実力が発揮できるような状態ですね。そうやって自分をメンテナンスするためには、とてもいいものだというふうに伝えていますね。

廣島 ボクのイメージでも結局、突き詰めると、ヨーガもマインドフルネスも同じこと言ってると感じます。心の豊かさみたいなものを求めるということですよね。マインドがフルである、つまり心が満たされている。そうすると違いはないということで良さそうですね。

森田 はい、違いはないです。

廣島 実際、マインドフルネスの中でヨーガをやるわけですしね。

森田 もちろん、そうです。

廣島 では、ここでマインドフルネス、一回、定義しておきたいなと思うんですけど。いろんなものがマインドフルネスになり得ます。もちろんヨーガもそうですし、瞑想だってそう。マインドフルネスといわれているものの中には、例えばライティング。書くことでマインドフルになる。昨日の講座でも、日記を書くといい、というくだりがあったり、マインドフルネス・イーティング、食べることもあったりとか。あるいは、歩行ですね。歩くマインドフルネス。歩行瞑想ですね。全てマインドフルネスになり得るんですね。

じゃあ、何でもマインドフルネスなのっていうと、そうではないわけですよね。そこが難しいところですよね。何だってマインドフルネスになり得る。でも、全てがマインドフルネスではない。そうすると、ここで定義したいのは、マインドフルネスなものと、マインドフルネスじゃないものの定義だと思うんですね。何でもマインドフルネス。だけど、全てがマインドフルネスではない。こういうことになりますでしょうか。マインドフルか、マインドレスか。マインドフルであれば、マインドフルネス。当たり前ですよね。で、マインドレスだと、マインドフルネスではない。 そうすると、先ほどの瞑想もそうですよね。マインドフルな瞑想とマインドフルでない瞑想が、あり得るんじゃないかなと思うんですけど。その点について、どうですか? 

森田 瞑想というと、座って目を閉じて、こういう形、そういう座り方をして、こういうふうにやるテクニックみたいなもの。そういったものを瞑想というふうに呼ばれてしまうのかなと思うんです。でも、そうではなくて、自分が今、どうあるのか、どういう状態なのかっていう、結果のほうだと思うんですよね。形よりも、その内側がどうなってるのかっていうのが重要なのかなと思います。

第8回育児セラピスト全国大会

廣島 確かに、そうですね。例えば、歩行瞑想をしたとします。ボクなんか、よくあるんですけど、町を歩いてるときに、目的地に一刻も早く着きたいんですね。せっかちだから。そうすると、どんどん人を抜いて歩いていくわけです。これ、マインドフルじゃないですよね。マインドフルにウォーキングしようと思ったら、内側を見つめるので、ゆっくり歩くことに終始して、速さとか、時間とか、そういったものにとらわれていてはいけない。内側を見つめるっていうことでしょうし。もっと、においとか、五感とかも観察できるでしょう。

森田 そうですね。今、見える風景ですとか。

廣島 そうですね。そういうものに気付きながら歩く。そうすると、歩くということに関しても、マインドフルにもできるし、マインドレスにもできる。瞑想だってそうですよね。グチャグチャいろんなこと考えてる瞑想っていうのは、形は瞑想でも瞑想ではないですよね。

森田 そうですね。瞑想であって瞑想でないですね。

廣島 あってないですよね。で、昨日の講座の話の中でも、グチャグチャ考える自分って必ず出てくるんですよね。瞑想って、その繰り返し。考えちゃう自分に、「ハッ!」っと気付いてまた戻る。戻るときには、戻る場所が必要なんですよね。それが呼吸になるわけです。

森田 そうです。何か目印が、帰る場所が必要です。

廣島 そこで瞑想なら呼吸、ヨーガなら体の動きということですね。

森田 まさに、そうです。

廣島 そういう意味でいうと、あれこれ考える自分に気付いて呼吸に戻る。その繰り返しをしていくうちに、だんだん呼吸に集中していられる時間が長くなる。これがマインドフルネス。呼吸に戻るのを忘れて、ずっとあれこれ考えてしまうマインドレス。こんな感じでマインドフルネスを定義して、話を進めていきたいなと思います。まずは、今日のテーマ「心を救う、ママケア」ですね。ママケアって言ったときに、今のママたちって「救う」事が必要なレベルなのかな、と思っています。先生のところにも、ママさんって来られますか?

森田 たくさんいらっしゃいますね。

廣島 どんな感じですか。

森田 とにかく余裕がないというか。特に働いてるママさんが多いんですね。フルタイムでお仕事されている方ですね。そうすると、とにかく朝起きてから夜寝るまで、とにかく、やることが山のようにあって、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、あれができなかった、これができなかったという感じで、一日が終わる。それで、ストレスがすごくたまっていく。それが体に出てきてしまったりする方もいます。

廣島 どんなものが出てくるんですか。

森田 例えば、疲れがなかなか取れない、風邪をひきやすくなったとか。あとは、生理のサイクルが崩れたり。あと、偏頭痛とか、めまいとかするようになったとか。そういった、いろんな体の症状が出るようになって、心療内科に行ったり、内科に行ったりするんですけども、原因がよく分からない。

そうすると、じゃあ、どうしたらいいのかなっていうことで、マッサージに行ったり、そして最後にたどりつくのが、ヨーガなんです。そうやって来られるママは、本当に心のスペースもなく、パートナーとの関係もギスギスしてきたりして、いろんな問題を抱えて、悩まれている感じです。お話してるとすごく大変だなと思いますね。

廣島 まさに今、会場にお越しの皆さんの周りにも、そういう状態のお母さんは多いのではないでしょうか。お母さんたち、本当に今、大変なんですよね。ボク自身が子育てをしていた20年前のと比べると、もう考えられないぐらいストレスが多いんですよね。

一つには情報が多過ぎる。今は何でもスマホですぐ調べられますから。もう一つは、社会が窮屈になってますよね。働くお母さんも今、増えてますから、会社のストレスも大変なものだと思います。会社に行って仕事のストレスを抱え、保育園に行ったらママ友のストレス、なんか助け船が欲しいと思ってインターネットで調べてみると、余計に不安が大きくなる。そうして、ギリギリの状態で子育てしてる。  それでも、森田先生のレッスンに来られるママは、来るだけの気力がある分、元気なんですよね。

森田 そうですね。

廣島 ある意味、良くなろうとする意思が見られる。でも、来られない人っていうのが、より深刻なわけですよね。そういう場に出かけられないママ。 この会場に来ている皆さんたちは、そういう外に出かけられないママたちと、何らかの別の形で接点がある方たちだと思うんですね。保育や医療、子育て支援、保健訪問などの文脈でママと出会う。その文脈で、マインドフルネスに出会わせてあげるっていうのは、すごく価値があるんじゃないかと思います。それこそが、今回のテーマの「心を救う」の部分なのかな、と思います。 マインドフルネスっていうのがあるんだよ。簡単なことなんだよ。信じないかもしれないけど、だまされたと思って3日やってみて。すると、そういう深刻なママだと、3日ぐらいやると結構、以前の自分とは違うスッキリした自分が、分かっちゃうじゃないですか。

森田 それは、すごくあると思いますね。もう3日どころか、その場で。その場で一回やって、いろんなことに気付いたり、ホッとしたりというのは、あると思いますよね。

廣島 昨日なんかも、マインドフルネス尺度っていうクエスチョネアがあるんですね。それを講座の前にやってもらうんですね。すると、マインドフルネス得点が出るわけです。その後、リトリートが終わった後に、もう一回、同じクエスチョネアをやってもらって、その点数の変化を見ました。すると、その場で、点数の向上がみられる方も、かなりの人数いましたよ。

森田 そうですか。

廣島 講座の中でも実際に、マインドフルネスをやっているのは、正味数十分。もっと言えば、たった5分でも、心や体に違いが出るということです。そういう意味では、お母さんたちを救うことができる、すごく簡単で使いやすいツールと言えます。

ところで、このマインドフルネスは、先ほど前提論でも話しましたが、ヨーガとの関わりが深いわけです。そのヨーガの起源として、ヴェーダというものがあるんですよね。そして、森田先生は、そのヨーガとヴェーダの専門家ということですね。みなさん、ヴェーダって聞いたことあります? アーユルヴェーダのヴェーダです。そう言うと、分かりますよね。日本でヴェーダを研究してる人って、恐らくあんまりいない。

森田 そうですね。あまりいません。かなりマニアックな世界です。

廣島 インドに入るんですよね。たくさん。

森田 そうですね。インドに行くと、例えば聖職者の方っていうんでしょうか。ずっと神事を扱ってる方とか、ヴェーダを代々、伝えているっていう状態ですけど。あとは、大学とかでも専門的に学ぶっていう内容になったりしますね。

廣島 ヴェーダって、すごく古いインドの古典ですよね。3000年とか5000年とか遡る。

森田 そうですね。ほんとに古いものですね。

廣島 それこそブッタよりもっと古いというようなもの。これを一生懸命、研究されてる人って、大学でも、日本の大学だとあんまりいないですよね。

森田 あんまりいないと思います。

廣島 アメリカだと、ちらほら。ですかね。

森田 そうですね。いらっしゃる。

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廣島 アメリカとか、本場のインドに行けば、ちらほらっていう感じなんですけど。そこの専門家でいらっしゃるので、このヴェーダについて、ちょっといい機会なので聞いてみたいと思います。そもそもヴェーダヴェーダって何ぞやっていうところを、簡単に話していただけますか。

森田 ヴェーダというのは「知識」とか、「知ることができるもの」という意味なんですね。アーユルヴェーダっていうのは、アーユルが「命」という意味なので、命の知識。命を知ることができる知識ってことですね。このヴェーダというのは、今のインド人を支える思想、哲学になります。知ることができる全てのことが書かれている書物ということです。書物になったのは、2~3000年前なんですけど、そのもっともっと古くから口伝で伝えられてきたものです。

ヴェーダから、仏教が生まれ、ヒンズー教も生まれ、ヨーガももちろん生まれ、全ての母体になっているものになります。ヨーガも本来は、哲学ですので、全ての思想、哲学の土台になっているものがヴェーダです。インド人のほとんどの人がヒンズー教徒ですが、そのヒンズー教のもとになってるものもヴェーダです。今でもそうして、インドの人を支えている思想、哲学ということになりますね。

みなさんご存知の占星術のことなんかも書いてあります。インド占星術とか風水とか、それらの元となる知識についても書かれています。あとは、物理学の世界ですよね。この世の最小単位、物質の最小単位ですね。今も物理学者が研究してるようなもの。あとは、宇宙論みたいなものがある。あと、人間のシステムはどうなってるのか。体のこと、心のこと、全部書かれていますね。とてもすごい本です。私なんかが学んでも多分、一生のうち全てを学ぶことは絶対できないと思いますけれども、チャレンジをしています。

廣島 要するに、ヴェーダって「知の集大成」のようなものであって、別に宗教でも何でもないということですね。

森田 何でもないです。

廣島 でも、その「知」のすごさっていうのが、神なるものっていうものを思わす。そういう感じですよね。

森田 そうです。

廣島 われわれがマインドフルネスとか、仏教瞑想とか言ったりしてますが、その原点っていうのはヴェーダであると考えられるわけですね。なので、ボク自身の解釈は、元祖マインドフルネス、元祖ヨーガ、元祖瞑想で、ブッダもヨギーだったわけです。

森田 もともとヨギーですね。

廣島 ヨギーだったブッダが、ヨーガの苦行を乗り越えていった先にあったのは、苦行じゃないね、という着地点だった。そこから悟りをひらいて仏教ですから、そういう意味で言うと、元祖仏教とも言えるのかな。そういう視点で、このマインドフルネスを捉えていくと、非常に面白い一面が見えてくる。

皆さんもインターネットで、マインドフルネスっていう言葉を調べてもらえると分かります。先ほど、森田先生が言ったみたいに、いろんなマインドフルネスがあります。

アメリカのシリコンバレー辺りで、流行っているマインドフルネス。シリコンバレーの人たちが瞑想するわけです。何のために彼らは、やるかっていったら、アイデアが湧いてくるとか、頭の回転が速くなって、明晰になるとか、そういうことを狙ってやっている。あと、スティーブ・ジョブズが瞑想をすごく重んじていたというのも、すごく有名です。

森田 本当にそうですね。

廣島 Googleの社員教育の一環として瞑想を始めたっていうのが、アメリカの流れです。でも、日本の流れはちょっと違ってるんですよね。アメリカのポジティブな感じのマインドフルネスの捉え方、瞑想の捉え方ではなくて、日本ですごく注目されているのは、うつ病の治療とか、心の問題を解決する方法としてのマインドフルネス。

このように、いろんなマインドフルネスがインターネットを検索すると、いろんなのが出てきます。その中には、ボクなんかが見ても、ちょっとこれはマインドフルネスになりにくいな、というものも中にはあるんですね。アメリカ系のものですね。

例えば、ボクが見たもので、スタンフォード大学で、実際、教授がやってるものを、記事で見たんですけど、これはマインドフルネスになりにくいなと思いました。これ、森田先生の意見も聞いてみたいです。

まず丸を描いて、真ん中に線を引きます。すると、半円が二つ出来ます。片方の半円には自分がうまくいったことを書いて、もう片方の半円には、自分がうまくいかなかったことを書く。上手くいかなかった方の半円を見て、うまくいかなかったことが、うまくいくためにはどうしたらいいかを、いろいろ出し合っていきましょう。というマインドフルネスなんです。これ、なかなかマインドフルになりづらいですよね。

森田 そうですね。思考法という感じ。

廣島 そう、思考法なんです。問題解決法ではあるんですけど、マインドフルネスではないですね。マインドフルネスっていうのは、こういうことがいいこととか、悪いこととか、判断を加えないっていうのが一つのテーマです。あと、最初にジョン・カバット・ジンっていう人がマインドフルネスをすごく広めた人なんですけど、その方も言ってますね。良い・悪いの判断を加えない。だから、うまくいった、いかないとか、いくためにはって、これ、思考法としてはいいけど、マインドフルではないわけです。

森田 そうですね。

廣島 これは、一例なんですけど、こういうのを皆さんの中でも判断基準というか、目を持つ必要があるなって。何でもマインドフルになり得る。逆に言うと、危ないんですよね。マインドフルではない取り組み方をマインドフルネスだって、頑張ってしまうというのは、どんどんマインドレスな方向にまっしぐらという可能性がある。これが結構、怖いことなのかな。半円描いて、毎日やってたら、場合によっては、うつになります。

森田 そうです。うまくいかなかったことに、すごくフォーカスがいったりして。

廣島 うまくいくためにはっていうのは、マインドフルネス的に考えれば、うまくいかなかったこともいいじゃない。あ~、そうなのね、これはこれで置いておく。でも、これ、うまくいかなかった自分があるから、次があるんだよねと考えて、次に向かう。だけど、これは別に、もう片方のうまくいった円に入れる必要はないんですよね。マインドフルネス的に考えると。「ここ」でいいわけですよね。

森田 そうですね。そういうことがあった、以上。

廣島 そうです。良しあしを・・・

森田 ジャッジしない。

廣島 判断を加えない、以上。なるほどね。これ、あったのねっていうことですよね。そういう意味で言うと、マインドフルネスっていう名前が付いちゃってると、それがマインドレスなものだったとしても、それをマインドフルだと信じてしまって、どんどんマインドレスな方向に向かってしまうなんてことがある。世の中には、いろんなマインドフルネスがあります。そこでちゃんと、これってマインドフルなのかな、マインドレスなのかな、どんなふうに取り組むと、これはマインドフルなのかな、ということは判断する必要がある。今日のお話の中で、そういう「眼」を持ち帰ってもらいたい、というのが一つあります。

お母さんたちに伝えるときにも、どうしても追いつめられてる、余裕がないお母さんは、考えずに信じて突っ走りがちです。そうすると、とりくんだものによっては、どんどんマインドレスに向かっていくこともあります。瞑想だって、やり方によっては、マインドレスに瞑想することができちゃうわけですよ。だから、マインドフルに瞑想するということを伝えることが重要。そのためにはどうしたらいいのか、どこに気を付けたらいいのか、そういうことが非常に大事になってきますね。その辺りの話、ちょっとお聞かせ願ってもいいですか。

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森田 今、お話を聞くと、いろんなマインドフルネスがある中で、いま言っていた、半円を描いてとかっていうのもね。で、マインドフルネスっていう名前を使うと、みんなが注目するって分かってるので、そうなってきてるっていうのがあると思うんですけども。

どちらかというと、瞑想もそうなんですけど、複雑なものをどれだけシンプルにするかっていうのが、一つの目的としてあります。複雑だから、マインドもこうなってしまって、混乱してしまうっていうところを、なんだ、これでいいのか、ありのままでいいのか、目の前にこれが起きていて、これでいいんだっていう、その気付きが、すごく大事だと思います。結果、ほんとにシンプルなものにたどり着いてほしいな、というところがあるんですよね。

そして、その結果、じゃあシンプルがゴールと言って、そこで終わってしまうのではなくて、シンプルだから、例えばそれが楽になったとか、シンプルでほっとしたとか、気分が良くなったとか、その後に残る自分の感覚が最も大事ですよね。

マインドフルネスでも、何でもいいんですけども、やった後に自分がどうなったのかな、それが自分にとっていい結果となって、いいものが受け取れたなっていうことが、すごく大事なのかな。混乱してるものがシンプルになった。例えば、体が楽になったとか、そういった結果のほうを大事にしていただけたらいいのかなと思います。

瞑想って、すごくシンプルなんですよね。ゴールはとてもシンプルで、簡単っていうのが大事なんです。だんだん物事って複雑になっていったり、枝葉が広がるとテクニックの部分がすごく重視されて、どんどん、変わったことしたりしがちです。それは、注目を浴びたいからそういうことするわけです。

実際は、すごくシンプルなんです。昨日、講座に出ていただいた方は、こんな簡単な事でいいのって思ったと思うんですよね。もう拍子抜けするぐらいだと思うんです。でも、それでいいんですね。とてもシンプルなもの、簡単なもの。それでいて、やっていて楽しいもの、心地いいものっていうのが基準なのかなと思います。

廣島 今の簡単なっていうところで言うと、われわれ、伝える側の人間としては、すごく安心材料ですよね。複雑なものっていうのは、それだけリスクも大きいじゃないですか。ヨーガなんか、まさにそうですよね。複雑ですごいポーズがありますよね。

森田 どんどん複雑になっていくわけですよ。

廣島 あれ、何ていうんですか。逆さになるポーズ。逆さになるポーズが出来るようになるのが、ヨーガをやる方たちの目指してるゴールのようにも見受けます。

森田 そうなんですよね。それも、ゴールがだんだんずれてきちゃっていて、難しいポーズをするのがヨーガの上級者みたいになってますよね。全然、違うんですよね。

廣島 より深いヨーガって、恐らく簡単なポーズ。あるいは、ただ瞑想ですよね。

森田 ほんとです。座って、それで自分がハッピーになったら、それが一番、いいんです。上級者は、ほんとにそう。座ってるだけです。

廣島 もともとヨーガって、大体、瞑想ができない未熟者が、瞑想状態をつくるためにできたものですよね。

森田 そうです。体を使ったほうが簡単だから。

廣島 なのに、なぜかヨーガで起きてることって、逆さになるポーズ。逆立ちして、足を開く。すぐできないじゃないですか。これができるようになることを目指して、いっぱしの私もヨギーになりましたみたいな世界観があるんですけど。別にそれをやることが悪いというわけではありません。集中しないとできないことでしょうし。精神力だって必要だと思いますからいいんですけど、やっぱりリスクを伴うから、誰にだって勧められないですよ。まさか妊婦さんには勧められないじゃないですか。

そう考えると、われわれは、この人にほんとに勧めていいのか、ダメなのかを判断しなきゃいけないものって、やりにくいわけですよね。そうすると、安心して勧められるものっていうのは、すごく安心だし、使いやすいなって思いますよね。

特にわれわれが興味あるのは、お母さんです。お母さんがマインドフルネスに取り組むと、どんなふうに変わっていくんでしょうか。

森田 一番、多いのが、最初のうちはすごいすっきりしましたとか、気分が良くなったとかね。朝、これをやると、すごいすっきりして一日が過ごせるようになった。そういう感じです。自分の変化がちょっとあったりとか。あとは、ちょっと続けていくと、すごいうれしそうに報告してくださるんですけど、お子さんから「ママ、優しくなったね」とか言われて。あとは、パートナーですよね。パートナーの方に、怒らなくなったね、とか言われたり。そういった感想を聞くことが多いです。そうした感想を聞くと、すごく瞑想が進んでいらっしゃるなって、すごく練習をしっかりしていらっしゃるんだなと思って、私もすごくうれしくなりますね。

何とかのポーズができたとかもいいんですけど、それよりも何よりも日常の人間関係ですね。身近な人との人間関係がすごくよくなって。そうすると、幸せじゃないですか。そういうふうに、うれしそうに報告してくださると、私もすごくうれしいですね。そういう感想がとても多いです。

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廣島 お母さんが優しくなったとか、会社で人当たりが良くなった。これって、実際、脳の働きが変わってるんですよね。ここは心理学、脳科学で実際、実証されています。こういうふうにお母さん変わるんです。瞑想すると変わるんです。と言われても、「うーん、それホント?」って思っちゃうところがあったじゃないですか。今は、すごくいい時代になりました。それが、ちゃんと科学で証明できるっていう時代になったんですね。

これ、話し始めると長くかかっちゃうんで、簡単にですけれども、心理の面から話すのが一番分かりやすいと思うんです。皆さん、自動思考という言葉は、聞いたことありますか。自動思考っていうのは、思考の癖ともいうんですけど、何かあったときに、意識せずにしてしまう反応。例えば、知らない人と会ったときに一歩引いちゃう。あるいは、やりたいことがあるときに、それを我慢することが良いことだと思っちゃう。だから、ついつい我慢しちゃう。

これは長女の方に多いんですね。長女シンドロームって言ったりするんですけど。長女って、そういうふうに構造的にそうなっちゃってるわけですね。長女というのは、最初にお母さんの愛情を一身に受けるわけですよね。お母さんを独り占めした期間があるのは長女だけなんです。第1子ですね。第2子というのは、お母さんは長女と半分こなんですね。必ずそうなんですね。そうすると、長女っていうのは、お母さんから一身に受けるんだけど、逆にお母さんも一身に愛情を注いでるわけですね。ここのお母さんとのつながりの深さっていうのは、やっぱり第1子は、相当に過剰なものがあるわけです。

大体、母というのは第1子に対して、過剰になりがちなんですね。これは、ほぼ100パーセントそうなんですね。で、第2子は長女の経験を生かすから、第2子以降っていうのは割と程よい子育てができるわけです。ちょうどいい感じにできる。この中で第1子の方、どれぐらいみえますか。

森田 多いですね。

廣島 多いです。こういう所で使命感を持って来られる方というのは、第1子の方が、多いんですよ。例えば、お母さんのために何かしてあげなきゃ!というふうなのって、すごく第1子的な感情表現なんですね。だから、この会場でもどうです。8割とか7割ぐらい。

森田 多かったですね。

廣島 すごい集まりですよね。第1子の集まり。で、第2子っていうのは割と、私、これがやりたいのって来て、やっちゃうみたいなの、第2子とか、末っ子ってそんな感じです。ちなみに先生は、どっち?

森田 末っ子です。

廣島 末っ子ですね。間違いないですよ。

森田 やりたいように生きてきました。

廣島 割と、上の方たちって固くないですか。

森田 すごい。私、兄がいるんですけど、ちゃんとしっかりと。本当に、そうですね。おっきい会社にきちんと勤めて。

廣島 先生もしっかりしてるんですけど、でもフリーダイバーですからね。

森田 素潜り競技。

廣島 フリーダイブ世界大会とかに出ちゃってますからね。完全にやりたい放題。

森田 やりたい放題です。

廣島 末っ子にありがち。こういうパターンって。話を戻しましょう。自動思考ですね。第1子っていうのは、そういう意味で責任感強いんです。だから、仕事すると、第1子ってすごくいいんですね。責任感強いし、他人のことも気遣えるんですよ。だから、お母さんたちの苦労とかを、自分の苦労であるかのように扱える。その代わり、うつにもなりやすいんです。第1子は。そういう自動思考なんですね。まさに、他人の問題が自分のことのように感じてしまう。これも思考の癖、自動思考なんです。これは、どうにも回避ができないんですね。

それで、今まで心理学者たちはいろんな対処法や治療法を考えてきた。例えば認知療法っていうのは、認知の書き換えを行っているわけですけど、この考え方って、あなたはこうやって考えるけど、こういう考え方もできるよねっていうことを植え付けていく。いろんな方法を使って、手を変え品を変えてやっていくのが認知行動療法なんです。これをやっても、なかなか成果が出なくて、やりあぐねるようなケースって、たくさんあったわけです。

マインドフルネスは、ベースを解決しちゃうんですね。これに気付いちゃったのが、ジョン・カバット・ジンなんですよ。これがどういうことかというと、脳の働きが変わってるんですよ。自動思考による思考の癖が、変わる。自動思考してるときの脳の反応ポイントがあるとします。その反応ポイントにおける、脳のネットワークのつくり方。例えば困難があったときとか、自分で嫌だなっていうものに直面したときに、自分がどういうネットワークを脳内につくるのかっていうことが、今では分かってて、そのネットワークのつくり方を変えることができる。

森田 すごいですね。

廣島 すごいですよね。森田先生が20年間やってる瞑想というのは、そういうことだったということが今、分かってきてて。だからこそ医学でもマインドフルネスを使ってるんですよね。そういう意味で言うと、すごくパワフル。

森田 すごくパワフルですね。

廣島 それで~、お母さんたちが優しくなったっていうことですね。実際に、なるほどってうなずけるし、科学的にも証明されてるんです。実際に情動が、動きにくくなってる。マインドフルネス瞑想をやってると、瞑想者と瞑想者じゃない人で、はっと驚かすような、嫌な体験とかをさせたときの脳のネットワークを測ると、瞑想体験者のほうが、すーっと落ち着いている。いちいち反応しない。反応しないんだけど、全く反応してないとしたら、単なる耳ふさいでる状態。

人間って、できるんですよ、それ。こうやって耳を物理的にふさがなくても。例えば夫婦げんかしますよね。旦那が、理路整然と言ってることを全く聞かない。例の能力です。これは女性にすごく優れている能力だと思います。人間って、聞かないことができるんですよ。

でも、それゃないんです。そのことを見ないようにして、聞かないようにしてるっていうのは、これは心理学的に言うと逃避とかっていいまして、すごくよくない。逃げてると、ここ(横隔膜のあたり)で蓄積されていって爆発する。だから、逃げてるとよくない。瞑想は、逃げてるわけじゃないんです。直面してる。直面して、嫌なことは嫌なこととして、嫌なことの脳の部位、扁桃体っていうんですけど、扁桃体がわさわさって働くんです。でも、瞑想者は情動が動かないんです。

どうやって情動を動かさないようにしてるかというと、昨日、講座を受けられた方、お分かりですよね。脳の活動自体をぐーっと抑えるんです。そうすると扁桃体は、わーってなってるんだけど、脳の活動自体が収まってるから情動が動かないんです。こういうことが瞑想者では、あり得るのです。

森田 すごい。

廣島 そういうふうに科学的な脳機能の変化によって、お母さんが優しくなった。瞑想を始めて情動が動きにくくなったということなんです。別に神秘的でも何でもないんですよ。脳の書き換えが起こったということ。こういう脳の書き換えって、どんな場面でも良い方に働きますよね。

森田 そうですね。

廣島 良い方向に働く。だって、悪く働くことがないんですよ。じゃあ、そういう人って、いつもあんまり喜怒哀楽が激しくないのかというと、そうじゃないですよね。

森田 そうじゃないです。

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廣島 騒ぐときには騒げる。だけど、騒がなくていいときに騒がずにいられる。これは、欲しくないですか。こういう脳、欲しくない? そういう脳を手に入れられる方法と聞くと、なんかマインドフルネスってちょっと科学的なものに感じられませんか。こういうところが、マインドフルネスは、単に神秘的なものでもないし、瞑想したらそうなれるよと無理やりなものでもなく、科学的なものだと言える所以です。ちょっとヨーガとか瞑想って、無理やり感とか、神秘的な言い回しで切り抜けるようなところありましたよね。

森田 そうですね。因果関係がはっきりしていない。なんで、こんな体操みたいことやって優しくなるのっていう。

廣島 でも、実際、優しくなるんですよね。

森田 そうなんですよ。

廣島 ボクは、森田先生にヨーガをずっと習っていて、付き合い長いんですけど、あんまり喜怒哀楽がなくて、ワーッてなるところを見たことがない。恐らく、うれしいときは、きゃーっ、とも言うでしょうし、驚いたら、ギャーって言うんですよね。

森田 それよく言われます。もちろん、ギャーっていいます。

廣島 喜怒哀楽がない朴念仁ではないんですよ。ちゃんと喜怒哀楽が激しいんだけど、平静でいることが多いんですよね。

森田 そうですね。私、感情がもともとすごく強いんですね。喜怒哀楽がすごい強くて。それに引っ張られるわけですよ。もう怒るときは、自分をその怒りの中にどっぷり、うれしいときは、わーって喜んでみたいな、こういう感じだったんですけど。ヨーガを実践するようになって、豊かに感じてはいるんですよ。怒ったりするんですね。仙人みたいに怒らないんじゃないかとか言われるんですけど、怒ります。ちゃんと。びっくりもしますし、悲しいときは、ほんと悲しいんですよ。怖いときは、怖いです。だけども、それに引っ張られないんですよ。

廣島 これが瞑想者の特徴なんですね。昨日、講座の中で脳の図を用いて説明しましたけど、瞑想者は感情に引っ張られないんですね。悲しい自分を、ここに置いておける。 普通は、扁桃体が反応して情動が動きます。例えば、こういう壇上に立ったとします。そして、緊張しちゃう。心臓がバクバクする。本番前に頭が真っ白になる経験、皆さん、ありませんか?会場にいる大勢の人を前に、壇上に出た途端、「何話そうとしたんだっけ?」となって、何もはなせなくなっちゃう。

こういう時に、短時間の瞑想で、気持ちを落ち着けて、情動が騒がない状態を作ることが出来ます。具体的な方法は後でリトリートやっていただきますけども、この時、脳が騒いではいるんです。緊張してるんです。でも、あたふたしない。これは、先ほど言ったように脳全体を鎮めてるわけですね。

森田 まさに、そうですね。

廣島 この騒がない脳を手に入れることによって、必要なときに、落ち着いた感情を手に入れることができる。これが、さっき言った認知の書き換えなんですね。結局、「感情が騒いでいる」=「脳が無駄に動く」というところを書き換えて、騒いでいるのは置いといて、脳は無駄に動かさない、というように訓練するというのが瞑想。科学的に言うと、そういうふうに理解できるんです。

例えばアスリートの試合前とかに瞑想すれば、落ち着いたプレイが出来ますよね。

森田 生徒さんの中にもプロアスリートの方とか、あとビジネスマンの方ですね。特に、40代とかで部下もたくさん引き連れてみたいな、すごいプレッシャーの中にいる方ですね。それで、プレゼンは英語でしなきゃいけないみたいな感じの会社にいる方とか。プレゼンのたびに、心臓がバクバクして、頭の中は真っ白みたいな方とかいらっしゃるんですけども。そういった試合前のルーチンワークとか、プレゼン前のルーチンワークという感じで、ほんとに10秒とか、会議室にこもってちょっと呼吸法とか、控室に行ってちょっと瞑想とか、そういったことで緊張はしてるんだけど、それを楽しめるようになったとか、捉え方が変わったっていう方は結構、いらっしゃいますね。それで、いいパフォーマンスが出せる。

廣島 その話聞いて思い出したのが、大阪なおみさんですよね。大阪なおみさん、ずっとメンタル弱かったんですね。ここぞというときに失敗してランクが上がらなかったのが、今年すごいじゃないですか。あれはコーチが変わって、コーチがいいっていうのはよくいわれてることですけど、あの人、ルーチン手に入れたんですよね。ミスショットした後に心を落ち着けるルーチンを手に入れて、そのルーチンで気分を切り替えて、次はもっといいパフォーマンスするって。これも、まさにマインドフルネスですよね。

森田 それこそ、ほんとにそうですね。スポーツはメンタルですね。アスリートたちは肉体的にも技術的にも、そんなに変わらないんですよね。だけど、何が違うかっていったら気持ち、心ですね。精神状態。これで、ほんとに勝敗が決まったり、結果が変わったりするって、皆さん、おっしゃいます。

廣島 そういう意味で、われわれもそういうルーチンを手に入れたら強いですね。皆さん、それぞれに必要なルーチンって違うと思うんですね。大阪なおみさんは、ミスショットをした後の切り替えだけど、「私にとって、どんなルーチンが必要かな?」というのを、今のこの場で考えてみてはどうでしょう。この後に、リトリートをやるんですけど、同じことやっても、それぞれにテーマが違うはずなんです。「人前に出たときに緊張しない私」を手に入れたい人もいれば、ミスしちゃったときに、「くよくよしない自分」でいたいとか、怒っちゃうときに「怒らないでいられる自分」が手に入れたい人もいる。自分にとって欲しいルーチンって何かなって、ちょっと考えてみませんか。

森田 こういうが場面あると。

廣島 こういう場面、私、ちょっと苦手、嫌だな、プレッシャーがかかるなとか。この辺がモヤモヤするなっていうようなものを思い浮かべて。よし、これの対処法を今日は持ち帰ろう。そういうものを思い浮かべて、後でリトリートやっていただくと、これはなかなか価値高いですよ。

森田 そうですね。最強のツールを手に入れた、みたいな感じですね。

廣島 こうやって2人で話してて、皆さんに伝えながら思いました。自分なりのルーチンこそが、最強のツールなんですね。それは、他の人にとって良いかどうかはわからない。自分独自の方法や使い方、あるいは場面で使う。だから、ボクの最強のツールは、「これ、良いから、皆さんやってください」とは勧めない。なぜかというと、ボクの脳の使い方は、ボクしか、この使い方をしてない。それは皆さんも同じなんですよね。

そういう意味で、世に伝わるいろんな「マインドフルネス何たら思考法」とか「活用法」というのは、そのままでは、どうにも合わないなと思うんです。皆さんもそう感じることってあると思うんです。恐らく、自分なりにアレンジする必要がある。

森田 そうですね。多分、ほんとに創設者の方がつくったマインドフルネスは多分、たくさんの方にすごい本質をついてるかもしれません。でも、最近出てきた方のマインドフルネスは、何とか先生のマインドフルネスとか、何とかスクールのマインドフルネスとか誰かのやり方にアレンジされていて、その人には良かったかもしれないけど、それが万人に合うかどうかは分からないというか、本質じゃなくてその人なりの理解のマインドフルネスだったりするっていうのはあるかもしれないですね。

廣島 そういう意味では、ボクが、今回、

森田先生と組みたいなと思ったのは、そこなんですね。ヴェーダなので、元が。本質なんです。ボクは、メソッドチックなことが嫌いなんですね。森田先生のヨーガも大体、同じような基本のポーズをやってますよね。

森田 そうです。ほんとに、同じ。

第8回育児セラピスト全国大会

廣島 大体、同じポーズをやっているんです。じゃあ、別に習わなくていいじゃないかって思うじゃないですか。違うんです。毎回、深まっていくわけですね。深まっていくといっても、今回、深まったとか、そういうんじゃない。もう5年たったね、6年たったねっと話しているところに、あの6年前と比べたときに、随分、考え方が変わったなとか、思考方法変わったなとかっていう自分に気付くわけですよね。3年とか、5年とかって振り返ったときに、そういう自分に気付ける。これって何かっていうと、メソッドじゃないから。

森田先生のマインドフルネスとかって言いたくないんです。廣島のマインドフルネスではないんです。子育てマインドフルネスって言ったときに、皆さん、それぞれなんですよ。皆さん、それぞれが自分のマインドフルネスの中で経験してきたことを生徒さんに伝えるというものだと思うので、この伝え方をしてくださいっていうのは、本当はない。これはマインドフルネスに限らずですよ。

ベビーマッサージだって同じですよね。このベビーマッサージっていうんじゃなくて、皆さんが理解したものしか伝えられないものなので、それを伝えていくっていう意味でいうと、あんまり、こうやりなさい、みたいなものって、あんまり好きじゃないんですよね。どんなやり方もOKよ。だけど、根本にはこういうことがあるっていうようなこと。そういうものを伝えていきたいなと、今の森田先生の話を聞いて思いました。皆さんも、ぜひお母さんたちに、もしマインドフルネスを伝える機会があれば、きょう持ち帰るであろう「自分なりのルーチン」これを使ってみていただいて、日常の中でふんだんに使ってみていただいて、その実感とともに伝えるというのが・・・

森田 すごく大事ですね。

廣島 大事ですよね。

森田 こういう経験がまずあって、先生の中で。で、これをやったらこうなったよって、すごい感動が伝わるっていうところです。テクニックで伝わるわけではないっていうところですね。こんなに変わった、先生とか、そういう生徒さんの感動とか、それが伝わってきた。ヨーガも何千年もそれで伝わってきたのかなと思いますね。

廣島 では、ここで、質問にお答えする時間を取りたいなと思うんですけど、何でもいいですよ。なんか質問とか。

第8回育児セラピスト全国大会

質問者A- いいですか。

廣島 ありがとうございます。

質問者A 私、ほんとにこういうこと無知で、よく分からなくて今、一生懸命、理解しようと思って聞いていたんですが。座禅とかは、やったことあるんですけど、そういうのって、例えば邪念を払って、無になって、目を閉じてとかってあるじゃないですか。それで、マインドレスだと、レスですよね。マインドフルネスだと、ここがフルになってるわけじゃないですか。

で、私が今、疑問に思ってるのが、例えば瞑想でも、そういうときって「無」になってやるのがマインドフルネスなのか、それとも瞑想しながらも脳みそは動いてるのか、そういうのも全く分かりません。瞑想とかしてるときに脳みそは動いてていいのか、それとも無になるようにしていたほうがいいのか。それ自体が分からないので、もし教えていただければと思います。

廣島 すっごくいい質問、ありがとうございます。これ、皆さんが一番、疑問に思っていつつ言語化できない部分だったり、これって聞いていいのかしらって思ってる部分を、本郷さんに聞いていただきました。非常にありがとうございますっていう感じなんですけど。

まず、定義として、恐らくマインドフル、マインドレスっていったときに、マインドを思考って持ってくるとちょっと違うんですね。このマインドは、豊かな心。だから、マインドフルって豊かな心がフルである、満たされる。で、豊かな心がレスであるっていうことですね。

ボクも座禅やるので、座禅って瞑想の最終形の一つなんじゃないかなと思います。座禅をやるって、すごくいいなと思いますし、恐らくすごくマインドフルなんじゃないですかね。座禅をやる中で、ボクも、その疑問にぶつかったんですよ。無になんてならないっていう話ですよね。

森田 ならないです。

廣島 無なんか、なるわけないんです。人間の心が無になるって、ないですよね。無になったら、呼吸も忘れて死んでますよ。少なくとも呼吸はしてるわけだから、呼吸に注目する。

森田 そうですね。いいですか。

廣島 どうぞ。

森田 無っていうことですけども、無ってないですよね。「無い」ってことですよね。無いものになるって、できなくないですか。

質問者A できないです。

森田 なので、本当は瞑想の考え方として無っていうのはないんです。無はないから、なれないんですよね。そして、無を追いかけることもできないです。無いものを追いかけることはできないんですよね。私たち。知らないものって追いかけることができないし、認識することもできない。なので、無って、いわゆる瞑想の状態になった方が、雑念がないねって状態を多分、無って表現したと思うんですね。怒りとか、不安とか、そういったものがなくなって無だなって言っているって、その無なんですけども。ほんとに無になったのは、死んだときです。

で、瞑想は何をするかっていうと、めちゃくちゃ有です。あるほうなんです。対象物に対して、強烈につながっていくんです。集中してくんですね。集中して、その対象物とまるで一個になっちゃったみたいな感じですね。そうなったときに、将来、私はどうなるのかしら、過去、こういうことがあって傷ついて、うまくいかなかったらどうしようとか、そういったことを考えてる余地がなくなるんですね。なので、瞑想ですることっていうのは無にすること、雑念を取ることが仕事じゃないです。一個のものに強烈につながる。こっちの集中力のほうなんですね。これ、結構、迷われる方が多いです。雑念を取ろうって言ってると、雑念のほうにフォーカスがいくので、雑念、増えていきます。取れることはありません。なので、呼吸だったら呼吸につながる、ここに集中する。ここの努力ですね。だから、めちゃめちゃ無ではなくて、有のほうです。あるほうですね。それが瞑想です。

質問者A 私、ジョギングするんですけど、そのときに自分のストレスを発散したくて、何も考えないで走ってみようって思うんですけど、できないんです。常に脳みそ、回っちゃうんです。いろんなことを、きょう何やろうとか、次に何をお話ししようと。だから、それじゃあ全然、リラックスになってないのかな。でも、お話聞いて多分、私、瞑想にトライしようとすると、きっと、まだいろいろなこと考えてしまうと思うんですね。でも、それでもいいんでしょうか?

廣島 考えてしまうのは、当たり前なんですね。で、冒頭にも少しそのお話に触れたんですけど、考えてしまう状態っていうのは必ず生じます。生じるんだけど、戻るホームを決めておくんですね。これ、何でもいいです。さっき、つながるっていう話がありましたが、ヨーガってつながるっていう意味でしたね。ヨーガ瞑想もそうなんですよ。つながる場所を決めておく。これ、呼吸でもいい。マラソンしたときに考えちゃう。それで、いいんです。だけど、例えばつながる場所、呼吸だとしたら、自分がマラソンしてるときの呼吸ですね。だんだん、ハアハアいってきて。ちょっと意図的に呼吸を深く、走りながらしてみる。こういうことも全部、呼吸とつながってる。

で、つながるんだけど、また考えちゃうんです。フーフーってやってて、やってる中でまた、晩ご飯、何にしようかしら、カレーにしようかしら、ニンジンあったかしらってなっちゃいますね。なるんだけど、それに気付きますよね。気付いたら、また呼吸に戻るんですね。そして、呼吸に集中します。集中しているんだけど、また考えちゃうんです。旦那、きょう何時に帰ってくるかな。11時とかかな。先、寝ちゃおうかな。また考えて、「しまった、考えちゃった。」そしてまた戻る。この繰り返し。この繰り返しをしてる間に、だんだん集中してるところにいる時間が長くなるんですね。これが瞑想の効果なんです。だから、あちこちいっちゃうのOKですね。

森田 OKです。そういうものなので。マインドって、そういうものなので。置いとくんです。で、今、自分がつながるべきものにつながる。走る楽しさ、とかですね。

廣島 そうなんです。走る楽しさ。そうすると、恐らく、走っているという行為が少し違って見えてくると思うんですね。今までは多分、考えちゃって。ボクも走ったりするときに、結構、アイデアが降ってくる。これは実はマインドフルではないんです、実際。マインドフルではないけど、アイデア降ってくることって、うれしいじゃないですか。「ああやってやったら、めちゃくちゃうまくいくじゃん!」って、ガンガン考えちゃうときは、これはこれで、そういうランニングもあってもいいと思うんです。もちろんマインドフルにランニングしようと思ったら、どこかにホームを決めて。  で、そのホームにいつも戻る。離れては戻り、離れては戻り。そうすると、戻ってる時間が長くなる。ランニングをした後に違ったものに気付く、今日の走りはなんか違うなっていう感覚を持つ瞬間がある。この瞬間にもちゃんと気付くっていうことが大事だと思います。「ああ、疲れた」で終わっちゃうんじゃなくて、きょうのランニングって、どうだっただろう。いろいろ考えてしまうときのランニングとちょっと違ったな、何が違ったのかな。心のざわつきがないな。体の何か変化があったなとか、膝が痛くないとか、そういうことに気付いていく。こういうのを繰り返していくと、どんどんマインドフル度が深まっていくんです。

で、さっき集中って、森田先生がおっしゃってましたけど、最初に入り口としての集中なんです。そして、呼吸が一番、集中しやすい、戻りやすい。いつも、ずっとしてるものだから戻りやすい。深いとか浅いとか、自分で分かりやすい。だから、呼吸なんですよ。集中してる時間が長くなってくるうちに、だんだん集中する必要がなくなってくる。それが多分、本郷さんが最初におっしゃってた「無」っていうのは、そういう状態。集中してることが当たり前になる。恐らく、20年やってる森田先生は、そういう時間が長い。

 この「無」って、何が無なのっていうと、昨日、講座受けられた方はお分かりかも分かんないですけど、有心、無心っていう仏教の考え方があるんですね。心です。有る心、無い心。有心、無心の「有」って何があるのっていうと、「我」なんです。我があるのを有心っていうんですね。要するに、我が出ちゃってるんですよ。いろいろ考えちゃう自分が。妻である本郷さんは、晩ご飯のことを考えちゃう。旦那の帰る時間を、考えちゃうんです。それは、妻であるという我がいるんですね。我がいる本郷さんが瞑想するから、いろんなところに飛んじゃうんです。だから、この我を、呼吸とつなげるんですね。そうすると、呼吸と我が一緒になったときに、もう、我っていうのはいなくなる。

これ、日常生活で考えてもらうと大体、物事が、人間関係がイザコザが起きるときって、私が私がというのが、ぶつかったときじゃないです。我がぶつかったときですよね。この我がなくなった状態を、無心っていうんですね。で、我が無くなると、もう、あちこちいく必要ないです。だって、起点がないわけですから。それが、集中してる状態が当たり前になってる状態と同じ。これは、難しいです。恐らく、瞑想者が最終的に目指す場所なのかも分からないけど、これは難しいですよね。

森田 ランナーズハイってなられたことありますか。

質問者A そんなに長時間は走らないです・・・。

森田 疲れない! 気持ちいい! そんな感じで走ってることは、ありますか。

質問者A そういうときはあります、はい。

森田 あれ、結構、いわゆる無の状態。あと、集中が高まって、いいパフォーマンスが出てる状態ですね。ご経験あります。瞑想の状態です。

廣島 あれ、瞑想状態ですね。

森田 そうです。

廣島 無心の瞑想状態を気軽に体験しようと思ったら、ランナーズハイ。ただし、あれ、むさぼりにつながるから。あれは簡単になれる。簡単になれるもっていうのは、中毒性があるんですよ。だから、皇居の周りをずっと走ってる人たちの中には、恐らくランナーズハイ中毒の人が一定数いると思います。ほんとに気持ちいいんですよ。ランナーズハイになるとね。いわゆるハイって、なんでハイっていう言葉使ってるかというと、ドラッグをやったときにハイになるハイなんですよ。要するに、アドレナリンが出るわけですよ。脳が、死に直面するとアドレナリンを分泌するわけです。

なので、無心の状態を体験はできるけど、ただ、むさぼりにつながる。むさぼりっていうのは仏教用語なんですけど、要するに、それを求めようと、そればっかりやっちゃうっていうとこにつながってしまうというのは注釈ですけども、ありますよね。でも、無心の状態です。ランナーズハイのとき。

森田 私が走ってるって感覚がない状態ですよね。

廣島 恐らく、フリーダイビングなんかにもあるんじゃないですか。死の直前ぐらいまで潜ってしまうとか。

森田 「私が潜ってる」になると、苦しいんですよ。なので、自分がやっている行為だとか、潜っていくとか、海との波長みたいな、そういうものにフォーカスをしていく。すごく水の中に滑るように潜っていくし、息止めてるのに苦しくないんですよね。そういう時に、自己ベストが出たりするんですよ。

廣島 ボクはすぐに論理的に理解しようとするんで、

森田先生が海との波長って、きれいな言葉使うじゃないですか。恐らく海との波長って、実際に物理的にもあると思うんですね。だって、潮って流れるわけじゃないですか。それは一定に流れてるわけじゃなくて、グニャグニャ不規則なもの。恐らくですけど、水圧が高ければこう流れるっていうよりは、こう揺らめているような、その揺らめきに身を任せたほうが効率がいいんじゃないかと。そこにあらがうと抵抗が出るわけじゃないですか。だから、揺らめきに合わせて、フウッて潜っていくみたいな。

森田 まさに、そうです。抵抗すると、無駄な筋肉使っちゃうので、酸素を消費して苦しくなっちゃうんですよ。なので、抵抗しないで、滑るように潜っていくって。ほんとに。

廣島 面白いですね。ご質問の答えはとしては、こんな感じでよろしいでしょうか。

質問者A ありがとうございました。

廣島 いい質問、ありがとうございました。

森田 ありがとうございます。本当、素晴らしいです。

廣島 他に、質問ある方、いらっしゃいますか。いいですか。

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質問者B 昨日はありがとうございました。今のお話を聞いていて、例えば

廣島先生が考えるってことをしてると楽しくなるっていうか、アイデアが降ってきたりすると。逆に、それに集中したいっていうときに、例えばこういう呼吸法を使うとか、それをマインドフルネスとは言えないんでしょうかね。例えば、考えていることで、その考えることで満たされて幸せを感じるっていうのは。

廣島 具体的にどんなこと。

質問者B 例えば、具体的に、私なんかは、絶えず子どもたちと接してますよね。だから、子どもたちにとって一番いい時間をつくりたいとか、子育て支援だったら、お母さんたちにいい土台をつくりたい。そうすると、そのために一番良いものをつくっていきたいって思ったときに、それを考えていて眠くなってしまうんです。それ、多分、やり方が間違ってるんだと思うんですけれど。  そういったときに、このマインドフルネスというのをうまく使うことできないのかなっていうことを考えてたりするんですけど。

廣島 森田先生、どうですか。

森田 例えば、考えてるときには楽しいんですか。

質問者B 楽しい。

森田 いいと思います。瞑想っていうのは、いい結果のため、自分が望む結果のために行うって考え方も一つです。自分がこうしたい、こうありたい、いい仕事したいってありますよね。それをかなえるために瞑想というのがツールとしてあるので、それが、かなってらっしゃるので、それを楽しまれるのがいいと思いますけども。

ただ、瞑想を習慣にしていく。毎日、毎日、習慣にしていくと、例えば、すごい集中力がより付いたりとか。私の経験なんですけど、ものの考え方とか、理解の仕方とか、見え方っていうのがだんだん変わってきたりするんですよね。そうすると、アイデアがいろいろ、さらに今よりももっと湧いたりとか。そういったことはあるのかなって思うので、そのままお仕事は楽しまれて、あとは日々の習慣でちょっとやられてみたりすると、よりいいかなと思うんですよね。あとは、考え過ぎて疲れたら、ちょっと休ませるっていうふうにツールで使ったりですとか、そういうのはいいのかなと。

廣島 ボクの経験も似てますね。実際、ボクも座禅組みながら考え事が降ってくるときってあるんですよ。そのときは、ボクの理解はこれはギフト。だけど、実際にはマインドフルにはなっていないんだという理解も、一方でしています。なぜかというと、先ほど

森田先生も、疲れたらっておっしゃいましたが、やっぱり疲れるんですよ。で、これは脳のどこの部位を使ってるかっていうところにもよるんですけど。

例えば、今の早川先生の話だと多分、パカパカしてないと思うんですよ。あっち行ったり、こっち行ったりじゃなくて、一つの方向性があるんだと思います。昨日、講座の中で言った実行ネットワーク。集中してる部分が働いてると思うんですね。なので、それはそれでOKなんです。これがデフォルトモードネットワークっていう、いろんなことを、バタバタ考えちゃう、一貫性なく浮かんできちゃうっていう状態を、デフォルメモードネットワークっていうんですけど。そうじゃなくて集中してる。これ、実行ネットワークですね。

そういう意味でいうと、そっちのほうが働いているので、恐らく、いいんだけど、でも呼吸に集中するっていう状態ほどは集中してないので、脳は疲れます。だけど、脳は疲れるけど、いいアイデアが降ってくるんですよ。だから、それはそれでOK。座禅してて、考え事してしまった私は駄目だ、きょうは駄目な座禅をしてしまったんだって思うよりは、きょう、こんなアイデアが降ってきたんだ。ラッキーって言って、いいアイデアをもらっておく。でも、マインドフルにはならなかったかな、ぐらいで思っとけばいいんじゃないかなって思います。

質問者B ありがとうございます。使い分けをするといいということですね。

森田 そうですね。仕事、ノリノリのときは、仕事を楽しむっていう。ほんとに素晴らしいです。

質問者B もう一つ。すみません。実際、先生がお母さんたちに教えていられるときって、そのときはお母さんたちって、お子さんは連れてきてない状態ですか。

森田 私のクラスにいらっしゃるママさんたちは、お一人でいらっしゃいます。マンツーマンでやってるんですね。私、瞑想とかヨーガのクラスをマンツーマンでやって、その方に合った練習法っていうのを、クリシュナ・マチャリアのヨーガってそうなんですね。処方せんみたく、あなたはこういう練習してくださいねっていう形なんですよ。で、お子さんを連れてくるの駄目ですよとは一切、言ってないんですけども、1人の時間が欲しいっていう、プラスそれをヨーガのクラスに来るって。その間に、理由があるので旦那さんに見てもらえる、お子さんを。ていうので、お一人でいらっしゃるっていうのがほとんどですね。

質問者B ありがとうございます。

廣島 ちなみに、来てもできなくはない?

森田 全然、大丈夫です。全然、ウエルカムです。私のほうは。

質問者B そういうときは、お子さんはどんな状態で。年齢にもよるとは思うんですけど。

森田 私はヨーガができる年齢ぐらい、5、6歳以上。4歳ぐらいでもできるかな。一緒にやりますね。

それと瞑想の時間って、子どもが、こうやって座って集中するのはちょっと難しいので、そのとき結構、放置しておくと子どもって、そのとき必要なことするので、ごろんって寝てたり、お母さんの横でまねをしたりとかして、結果、うまくいくという感じですね。これしてね、あれしてねって、特別に子どもに何かすることは、私はしていませんでしたね。お母さんが何かをして、真剣にしているだけで、子どもって私、おとなしくしてようとか、あとは1人で遊んでようとか思うみたいで、すごいな。お母さんと子どものつながりってすごいなって、いつも感動するんですよね。

廣島 子どもは空気読む天才ですよね。

森田 ほんとに、そうなんですよ。なので、ぎゃーっ、とか言うお子さんはあまりいらっしゃらない。でも、赤ちゃんのときはぎゃーって泣かれるんですけど、お母さんって泣き声に慣れてるので、その中でもすごい瞑想とかしてるので。それ、逆にすごい集中力だなとか思いながら。私、最初、慣れていないので、ひやひやしちゃって、泣いちゃったけど、みんな大丈夫かなって。他のママさんたちも練習してて、よかったみたいな感じで。結構、私はありのままを大事にしています。

質問者B ありがとうございます。おうちでやっても、その状態ですもんね。

森田 そうです。リラックスして。

廣島 では、次の方。

質問者C 今の質問で質問のお答えが出たのですが、私、今日、初めてここに参加させていただきました。ただ、保育園の子育て支援事業の担当として、ベビーマッサージとか、子育て相談とか、また今度はヨーガもやらせていただくんですけども。今、一番、感じているのは、ベビーマッサージのときは割と、アタッチメントを取りましょうねって、最後、お母さまの癒やしをできるだけ持ってこれるように、少人数なのでやってるんですが。それ以外に月1回やってる所で、今、おっしゃったようなお母さまに対しての疲れっていうのを、ほっとする時間っていうのを、まさに今、一番どうしたらいいかなと思っていた中で、お子さんも一緒にできるっていうことをお聞きしました。

ただ、12~13人、保育園に集まりますと、ワーっとなってる所で、お母さま自身がソワソワしちゃって、話しても余裕がない。そんな時、どういうふうにそこで導入したらいいのか、もしかしたら最初に持ってきたらいいかとか、そこら辺、早速、取り入れたいんで、ワンポイントアドバイスをお願いできたらと思うんですけれど。よろしくお願いいたします。

廣島 すごく一般的に言えば、おっしゃるように勘が鋭いというか、勘が合ってるんですね。最初に持ってくるっていうのは、すごくいいです。結局、赤ちゃんって、小さければ小さいほど、そうなんですけど、お母さんの気持ちに引っ張られますから。最初は、お母さんも知らないお母さん同士でちょっと緊張していたりとか、警戒していたりとかしますよね。その警戒を解く一つのアファメーションみたいな形でマインドフルネスを、最初に持ってきていただくというのは、非常にいいです。

あとは、場によるんですよね。例えば、10人のお母さんがいらして、10人の子どもがいると、お母さんと子どもっていう、この対でやってもらうしかないです。でも、10人いた中で3人だけだったら、ちょっと助っ人を連れてきて、お母さんを子どもと離してあげる。それで、お母さん1人の時間を体験をしたり、これはすごくいい時間になりますね。こういうやり方もあるし、場によるかなというところはあると思います。

質問者C ありがとうございます。

廣島 ちなみに、10人全員連れてくる感じですか。10人のお母さんいたら、10人全員が赤ちゃん連れてきてるって感じですか。

質問者C 赤ちゃんですね、2歳ぐらいまでの。うちは、お母さまと一緒に、楽しく過ごしてもらおうというスタンスです。

廣島 そういう意味で言うと、ベビーマッサージでやるアファメーションありますよね。あそこをマインドフルネスで行うというのは、イイと思いますよ。赤ちゃんを抱っこして、静かに呼吸に注目して。お母さんの呼吸ですよね。

森田 今回も。

廣島 やりましたよね。

質問者C キッズマッサージも導入させてもらいながら。すごく、きょう来て、昨日、参加すればよかったなと思って。また、よろしくお願いいたします。ありがとうございます。

廣島 すごくいいと思いますよ。最初のところでマインドフルネス持ってくるのは。われわれも、それはすごく想定しています。で、最後にまたもう一回やっていただくと、これまたいいです。

質問者C もっといいですよね。ありがとうございました。

廣島 ありがとうございます。いい質問を。他、よろしいですか。

質問者D 昨日、今日とありがとうございます。私も基本的な質問なんですけれども。マインドフルネスっていうために瞑想みたいな、そういう昨日のポーズのこととか、呼吸とつながるとか、それはツールとして考えればいいですか。

森田 そうです。

質問者D そうなんですね。そしたら、昨日やってみて、昨日の夜とやってみたんですけど、まず昨日の光をイメージするとか、幸せな体験をイメージするとか、そのとき一番、混乱して。光って、きょうみたいな晴れやかな光もあるし、木漏れ日みたいな光もあるし、自分にとっての光って何なんだろうって考えたら、ごちゃごちゃっとして。じゃあ違う、体験にしよう。今までの体験、いろんなことがあったんだけど、じゃあ、どの体験を引っ張り出せばいいんだと思ったら、その時間終わっちゃったんです。

そしたら今、最初のほうに、対象物とつながるとか、呼吸とつながるっていうお話があったんですけど、対象物っていうのはどういうふうに捉えてけばいいのかな。ここが痛いからここと、とか。呼吸と、だったらすごい分かりやすかったんですけど、なんか対象物っていうもの、もっと他に具体的なものがあったら教えていただきたいです。

森田 昨日、五つの基本の瞑想っていうのがあって、音を使ったり、触ったりっていうのがあって、その中で一つがイメージを使う。対象物を自分が想像したものとつながりましょうっていう練習があったんですね。なので、とっても実は難しいんです。自分の想像した目の前に行って、目の前にあるものに集中。今、目の前にリンゴがあったら、リンゴを見て集中してくださいって、すごく簡単ですよね。ただ、それを目の前にないもの、自分が空想したものに意識を向け続けるっていうのは、呼吸に意識を向け続けるより実は難しいので、より集中力が必要になってくるんですね。どちらかというと、ちょっと上級者向けの瞑想になるかなとは思うんです。

ただ、昨日、練習に入れた光をイメージするとか、経験がまず、ですよね。普通、ないです。私もなかったです。そんな。光にイメージして、それとつながり続けるなんて難しいですよね。ヨーガの中でも最初は太陽の光を実際、見ながら朝、練習したりするんですよ、瞑想の。そうすると、光とつながりながら練習するっていうことができて、それが夜でもできるようになるんですね。なので対象物、最初、難しかったら、ろうそくの火を使ったりすることもあるんですよ。光ですよね、あれ。具体的なもの。それが、だんだん具体的でないものに変わっていくと、上級者向けになる。なので、練習を続けていくと、だんだんできるようになるっていうのが、まず一つです。

で、もし、想像したものにつながるのが難しかったら、それはあえてやらずに、目に見えるもの、呼吸だとか、体とか、そういった目に見えるもの、触るとか、そういったものを使って練習されるのがいいと思います。

質問者D それは、自分で決めてもいいですか。

森田 もちろんです。ご自身で、この練習が自分にとっていいわって思うものが一番、いいと思います。ただ、それが上級者向けになったら、ちょっとイメージを使ってみるっていう練習にしてみるといいと思います。難しいですよね。

質問者D まずは自分でやってみようと思って。仕事しながらも、いろんなお母さんがいて、すっごくイライラしていて、毎朝、怒鳴り散らしてる方とか、毎朝、さーっと行ってしまう方とか、絶対、人ともつながりたくないんだろうなってイメージの方とか、そういう人たちにどう教育すればいいかっていうのを、ずっともやもや抱えてるんですけど。でも、自分も忙しいから、そのもやもやを、それで。命を預かってる職場となると、ちょっとけがすると、そこで自分がぐらついたりとか、怖いって思っちゃったりとか、その辺をぐらつかないように、まずしたいなっていうがありまして。その後で、お母さんたちのアプローチできたらなと思ってるんですけど。

廣島 その文脈で言うと、ご自身が呼吸に注目するっていうのをすごくやりやすかったんです。あと、肩に注目するとやりやすかった。そこから始めて、それを極めるのがいいです。そうすると、自分の実感なんで、自分の実感しか結局、伝わらないですから。先ほど、上級者って。イメージの上級者、確かに、講座の中では上級者の部分も体験してもらうためにやりますけど、講座でイメージしきれなかったっていう、その体験が大事なんです。これ、上級者だからね。

森田 そうです。難しいって。

廣島 先ほど、質問を受けたのが、私、悪いものが浮かばなかったんです、体。だから吐く息と共に、悪いもの出すっていう。悪いものが浮かばなかったんですっていうご質問受けたんですけど、それも、それでその体験なんですよ。それを例えば、脂肪を体の中に欲しいですか。脂肪は要らない。脂肪でもいいですよ。

森田 本当に、そうです。

廣島 そうですよね。けれど、それも、ぴんと来なかった。それは、置いとけばいい。その後、深まってくると、だんだんね。ふとしたときに、ちょっとやってみようって思ったら、これかって瞬間がありますから。今は納得できたものやる、あのこれ、マインドフルネスの基本です。納得できたものだけをやる。上級者のをやるっていうのは、えらいわけじゃないです。

森田 ないです。全然、ないですね。

質問者D ありがとうございました。

廣島 ありがとうございます。

森田 ありがとうございました。

廣島 じゃあ、次の方。

質問者E 瞑想で、マインドフルネスっていうの、私の中でイメージは、自分の心が岩のようにぐっと固かったりするのが、瞑想によって雪解けのようにとけていくような感じで、何かそこで少し気付くことがあったりとか、そうして何となく心が楽になっていくようなイメージがあるんですけど。

それを、お母さん方に瞑想してもらうときに、口で説明するよりかは、本人がおのおの感じて気付くとか、感じることだと思うので、そこを、どういうふうに瞑想するときに誘導してくというか、していったらいいのかななんて思ったり。それが、マインドフルネスはこうです、ああですよって言葉で説明するんではなくて、お母さんのほうが、なんか私、今まで心が凝り固まってたわと。これが何となく楽になったわって、おのおのに感じてもらえるのは、その人その人で違うと思うんですけど、その人が気付いたよって言ってくれたら、私たちも分かるんですけど、言ってくれなかったときに、こっちからの語りかけっていうのは必要なのかなと。そこら辺を、ちょっとご意見あれば、お願いします。

森田 瞑想の練習をして出てくる結果って、人それぞれ、ほんとに違うんですよね。なので、結果はコントロールできないんですよね。なので、こうなってほしいって、こちらはいいと思って、こうなってほしいわって思ってても、Aさんはそうなっても、Bさんはそうならない。それが素晴らしいと思うんですけれども。なので、ならないことが悪いわけではなくて、今、この人はこういう状態なんだなっていうことですね。なので、先生の仕事って結構、ツールをお渡しする。分かりやすくお渡しするのが仕事で、あとはお任せ。何が出てくるかっていうのは、その方の経験ですよね。

で、シェアする時間を持たれるといいと思います。私、これで合ってるのかしらって思われる方が多いんですよね。初心者の方ですとね。不安なんですよね。これで合ってるのかしらで終わっちゃうみたいな感じですね。なので、シェアする時間を持って、分からない人、他にもいたとか、こういう経験を瞑想で得られるんだとか、そうやって、みんなで分かち合う時間を持つと、グループの瞑想っていうのは結構、うまくいく場合が多いかなと思うんですよね。なので、先生はほんとにツールを渡して、どうですかっていう。で、シェアの時間を持つ。私はこういう経験をしたんですよ、固いものがとけていくような経験をしたんですよっていう、経験の一つとしてお話されるといいと思います。そうしないと、私は固いものがとけなかったってなっちゃうんですよね。なので、経験の一つで、そういうことがありましたよっていう感じで、お話しするのがいいのかなと思いますね。大丈夫です。

質問者E ありがとうございます。

森田 瞑想は、とてもいい練習。強力なツールだって信じる、自分の練習をもって。そうすれば、自信を持ってお渡しすることができるので、結果が何が出てもどんと構えてられますんで。安心していただけると思います。

質問者E ありがとうございます。

森田 ありがとうございます。

廣島 ということで、そろそろお待ちかねかと思われます。実践のほうを。

第8回育児セラピスト全国大会

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