AI時代の子育て・教育のゆくえ

子育て・教育コラム

AI時代の子育て・教育のゆくえ

いまAIの進歩は目を見張る速さで起こっており、先週出来なかったことが、今週は出来るようになっているというレベルのことが日々起こっています。

調べものをする際のネット検索において、検索結果の上部に「AIによる概要(AIまとめ)」が表示されるようになったのは、たった数年前のことです。当初は、一般的な総論のレベルのまとめがなされており、あまり参考にはならず、検索結果を掘っていく従来の使い方をつづけていました。ところが最近のAIまとめは、一般的な総論にとどまらず、かなり踏み込んだ詳細まで表示され、その内容も入力した検索ワードから的確に推論された高精度なものを出力してくるようになり、AIまとめだけで調べものが事足りる場面も増えてきています。これは、ホームページの在り方そのものを問うような事態といえます。

AIの浸透で、いまなにが起こっているのか?

わたしのようなITとは離れた業種の仕事でも、AIはもはや欠かせないインフラとなっています。実際、Chat GPTだけでなく、各AIエージェントなど複数のAIを業務に合わせて使い分けています。これまでAIを使う上でわたしが重視していたのは、知りたい結果に対して、プロンプト(質問の前提)をどう入れるかでした。そこは、人間の能力が問われていた領域でした。

しかし、最近のChat GPTは、文脈から高度に推論して、プロンプトそのものをAI側から提案してきます。こちらが簡単に思いつくレベルのプロンプトはAIが提示してくるため、わたしは、さらにその上をいく高度な前提を思考し、プロンプトとして入力します。すると、AIはそれを学習して、つぎからはそのレベルを前提とした提案をしてくるようになります。まるで、高度なブレーンストーミングをしているときのような対話が、AIとの間でなされるのです。

AIの浸透によって変化する仕事や生活について

大人は、子育て・教育において、なにができるのか

こうしたことから明らかに言えるのは、AIによって、わたしたちの生活や仕事そのものが、とてつもなく大きく変化するということです。このことは、誰もがうすうす感じながら、その変化の速さに一抹の不安さえ覚えているところではないでしょうか。

この波は、わたしたちの子育てや教育にも、大きな影響をもたらすことでしょう。むしろ、それはすでに始まっていると言えます。だとすると、AI時代の子育て・教育について、わたしたちはその立ち位置と方針を考え、見据えておく必要があります。

AI時代に大人が考えるべき子育てと教育

子育て・教育の答えは「脱・AI」

子育て・教育においてのわたしの結論は、「脱・AI」です。つまり、子育て・教育(特に幼児期の子育て・教育)においては、いかにAIの土俵に乗らないかがカギになると考えています。

その意味で、ベビーマッサージをはじめとする「アタッチメント体験」は、まさにAIともっとも離れた体験であると言えます。乳幼児期こそ、AIを介さずにする「体験」を重視することが重要です。そうした体験をいかに多く、多様に重ねられるかが勝負です。

乳幼児期に重視したいアタッチメント体験

これを具体的に言うと、いつもの話しになってしまいますが、「エアレープニス的体験(その子特有の真の体験)」という結論に至ります。われわれ大人の世界にはすでにAIが浸透しています。だからこそ、幼少期には、AIに依らない体験によって、AIの外の世界で発達をすすめることに意味が立ち上がります。

それが、AI時代における“有能性”であり、AIに使われるのではなく使う側でいるための能力となります。

「なぜ、そんなことが言えるのか?」

たとえば、プログラミングというかつてIT業界の花形であったスキルがあります。しかしプログラムを書く仕事は、いまやAIの十八番(おはこ)です。このスキルにおいて、ヒトはAIにはかないません。

それでもヒトに残されたのは、ディレクションをともなうシステム設計の領域でしたが、いまやAIは、設計さえもディレクションしてきます。それでもなおヒトにしかできないのは、そのシステムの「グランドデザイン」です。つまり、これまでにない価値を創出する社会を実現するシステムを発想し、デザインすることです。

AIと人間が担う領域の違い

AIは、どこまでいっても、過去の大規模データを基にした大規模言語モデル(LLM)です。過去の上位互換は提案できても、いま実現していない未来そのものの姿を描くことはありません。それこそが、AI時代のヒトの価値の根幹になるはずです。

ヒト本来の価値は、AIの外の世界にしか存在しない

これからますます、過去のデータや経験の蓄積が問われるものは、すべてAIが取って代わることでしょう。それでもヒトにしかできないのは、過去とはつながらない新しい未来を描くことや、高度に抽象化された哲学的な思想、データでは予測不能なヒトの個性から生まれる創造性といった領域となるでしょう。

そうなると、もはやスキルや知識の有無は、問題ではなくなります。問われるのは、AIが担うスキルや知識を活用して、過去の延長線にはない未来を描き、実現する能力です。

そんな能力は、AIの世界の外にしか存在しません。AIの外にある体験でしか養えません。この方向性は、社会がこの先どの方向に進んでも変わらない本質です。この“AIの外”を考えるとき、アタッチメントがその道しるべになります。

AIの外にある人間本来の価値

AI時代の子どもの発達において育てたい能力の正体

あらためて、発達に話をもどします。幼少期の体験というのは、その子の思考や物事の捉え方、行動、取り組み方を方向付けます。この文脈で語られるのが「非認知能力」です。

そして、非認知能力の育ちは、まさに乳児期(0・1・2歳)に、アタッチメントによってその土台が形成され、幼少期(3~8歳ごろ)までに敏感期・臨界期を迎え、大人の脳になる9歳ごろから、それを生活場面や学習において活用するようになります。
この能力こそが、大人になってAIを活用する側でいるための能力です。この領域の仕事は、AIに決して奪われることはありません。

アタッチメントと非認知能力の発達

一方で、AI領域の知識やスキル、それを基にした分析や解釈・提案は、いつでもだれでもAIから簡単に得られます。その領域においては、AIが完全に優位であり、ヒトにとっての可能性は、そこには存在しません。

つまり大事なのは、大きなアタッチメントの土台に、豊かで多様な非認知能力を育むことです。AI領域の知識やスキルは、そのあといつでも、必要なタイミングで活用すればよいだけのことです。

重視すべきは、AI領域ではなく、むしろ「AIの外」=「アタッチメントと非認知能力」なのです。

わたしたちが見るべき子育て・教育のあり様とは?

いかにAIに依らない体験、AIを介さない体験、AIが入る余地のない体験を、大事な幼少期に重ねるかが、これからの子育て・教育のテーマとなるのは必至です。

これからの子育てと教育で大切にしたい体験

これは、戦後から行われてきた偏差値や点数に基づく教育の価値を、真っ向から否定する側面もあります。だから、この事実を受け入れることには、少なからず拒否反応が生じるでしょう。同時に、不安をともない、大きな覚悟を要することでしょう。

それでも、わたしたち大人は、この事実を受け止め、子どもたちを未来のあるべき世界へ導く責任があります。子育ても教育も、それを指向しなければなりません。

プログラミングを学ぶのは、プログラム言語が使えるようになるためではありません。システムによって、世界をどう変えることができるのか、その仕組みさえわかっていれば、プログラムを書く作業はAIが行います。英語を学ぶのはよい点数や成績をとるためでないのはおろか、英語で論文を読んだり書いたりすることでもなければ、英語でスピーチが出来るようになるためでもありません。世界のどこに居ても、その地で人間関係を構築し、自信をもって生活できる自分でいるためです。

どんな世においても子育ての最終目標は、
いかなるアイデンティティを獲得するか?にある

子育ての最終目標とアイデンティティの獲得

これは、心理学の祖であるジークムント・フロイトが言うところの「アイデンティティ獲得」の話しであり、まさに“世界の中のワタシ”のコンセプトそのものでもあります。

そもそも“世界の中のワタシ”は、アイデンティティの在り方を方向付けたコンセプトです。そして、その在り方は、100人100色です。

AI発展の加速によって、こうした未来の到来が早まっただけのことです。わたしたちが、子育てで、教育で行うべきことは、じつは何も変わりません。100年前も、100年後も・・・

一般社団法人日本アタッチメント育児協会
理事長 廣島大三

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