昔から、世界中で赤ちゃんは抱っこされたり、やさしく撫でられたりして育てられてきました。
ところが、産業革命が起きた頃から、欧米では古来の育児の伝統が、失われていきました。
女性も労働力と見なされ、時間に追われる忙しい生活を強いれました。
当時、育児法の権威であるシニア博士は「赤ちゃんが泣いても抱き上げないこと」
「決められた時間にミルクを与える以外は、赤ちゃんになるべく触れないようにすること」
を提唱しました。
ゆりかごに代わり、ベビーベッドを推奨し、母乳は栄養の一種に過ぎないのだから、
赤ちゃんには人工栄養を与えれば十分と説きました。
これが19世紀末の育児の現場でした。
20世紀に入って、心理学者のワトソン博士は著書(1928年出版)に「子どもに抱っこや
キスをしないこと。膝の上に座らせないこと、もしどうしてもキスする必要があるなら、
おやすみ前に一度だけキスをしてもよいでしょう。でもあさになっておはようと言うときは、
握手にしなさい。」と書いていました。
人間の本能である、子どもを抱いたり、あやしたり、キスしたりすることをしないことは、
当然お母さんたちにとっては、大変な苦痛でした。でも「悪いこと」だと、権威ある医者や
科学者に言われれば、子どものためにと、我慢していました。
しかし、そういう「親とのふれあいのなかった」子どもたちは、不安や恐れが強く、
人を信頼できず、家族や他の人との良い関係を結べなくなっていたのです。感受性に乏しく
周囲のことに関心がもてず、成長してからも様々な問題に悩まされるようになりました。
自分が親になっても、子どもにどう接していいのか分からなくなっていました。
欧米ではそんな育児法が全盛だった1950年代に、マルセル・ガーバー博士がウガンダでの調査で
驚くべき体験をしました。当時の西欧社会では、アフリカは遅れた未開社会だと思われ
ていたのですが、彼女はそこで洗練された賢い子どもたちに出会ったのです。
アメリカの赤ちゃんに比べて、ウガンダの赤ちゃんの脳神経系の発達が早いのです。
ウガンダでの育児法を紹介しましょう。
この国の赤ちゃんは、誕生直後から4歳までの間、お母さんからベビーマッサージを受けます。
当時の西欧社会では、病院で出産したあと母親から赤ちゃんを引き離して休ませましたが、
ウガンダでは一瞬たりとも親子が離れることはありません。お母さんはいつも子どもと一緒で、
どこへ出かけるときも抱っこをして連れ歩きます。毎日赤ちゃんに歌いかけながら、
マッサージをしてかわいがるのです。
こうしたふれあいを通して、母親は赤ちゃんの求めているものを、赤ちゃんが泣き出す前に察します。
おしっこやウンチの前にそれと察して処理してしまうので、オムツや衣服を濡らすこともないそうです。
親子の絆が固く、お母さんとの一体感で情緒が安定し、しっかりとした心が育まれます。
そうしたなか、アメリカのスポック博士は新しい育児法を提唱しました。赤ちゃんにもっと接しなさい。
やさしく抱きしめてふれてあげること。外出のときはベビーカーでなく、直接抱っこしてあげましょう。
というものです。
今では厳しすぎるといわれるスポック博士ですが、当時の人々には愛に満ちた革命てきな育児法
のように感じられたことでしょう。
フランスでも精神科医で産科医のルボワイエ博士が、インドの出産方法や育児法を調査して、
子どもを健やかに育てる鍵として、ベビーマッサージを取り上げました。
1970年代にインドのベビーマッサージを欧米に紹介し、注目を集めました。
哲学者のモンタギューも、ふれない育児法を批判して、「根拠のない考えで、
数百万人の子どもの心を傷つけ、その多くが欠陥のある人間へと育った」と述べました。
赤ちゃんは出来る限りお母さんとふれあうべきであり、愛しすぎてダメにするという考えは
間違いであると発表したのです。
こうした流れは、母乳育児の見直しや自然出産、自然育児へとつながっていきました。
育児の方針も、「赤ちゃんにかまわないこと」から「できるだけ赤ちゃんにふれなさい」
という風に変わったのです。
最近の科学の進歩は、肌のふれあいが親子の心を結びつけるということを突き止めました。
心の結びつき、(アタッチメント形成)は理性的なものではなく、本能的なところから
生まれてくるのです。
子どもが肉体的、情緒的、知的に健やかに成長するための基本的条件づくりに、
皮膚への刺激が重要な役目を果たすのです。
こうして現代科学は、ベビーマッサージの効果を再発見したのです。
古来の文化や伝統的な育児法が見直されてきたのです。
参考:「心と体を育てるベビーマッサージ」能登春男、能登あきこ著 PHP研究所








