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いまどきの産婆―現代開業助産師考―  その1

1 自己紹介

  「サンバが踊れる産婆」―こんな粋な産婆になりたいな、と南米音楽のフォルクローレに魅せられている私、産婆の前田弘子です。

 

  助産師になった(正確には、助産婦養成学校に行くことを決めた動機は、実は不純。

  新婚間もない頃、同居の姑と揉め、啖呵を切った。「勉強のため、別居し、名古屋に住みたい!」言った以上は意地を通したい私。 不純な動機から、二人のちっちゃな息子を実母に押しつけ、花の助産婦学生になった。しかし助産婦学校の教育とは「母子の命を扱う」助産婦 (助産師)の養成。動機がなんであれ、それ相応の学業と実践力が必須。緊張感から遠く離れた生活をしていた私には辛かった。初夏には、 早々と挫折。

 退学届けを片手に助産院の見学に出かけた。そこで「運命的に出会った助産婦」故三森先生のオーラを分けてもらったことで、 自分の天職との出会いを果たしたという確信がある。自分自身、二回の出産経験があり、 さらに看護婦ライセンスを持っていた私にとって東京都立川市の三森助産院での「自然出産」とは、俗にいう「目から鱗」どころではなく、 私の人生観をも変えてしまったわけである。以来、熱病にとりつかれたように「開業」を夢見た(助産師には「開業権」があり、 医師同様に独立開業が認められている)。

 

2 現代産婆の考える出産

 

1)        概観

 遅い自我の目覚めとともに、助産婦として傾倒した出産について、私は「女性の体の神秘」 を十分に発揮する最高の機会という捉え方をしている。すなわち、出産とは 「女性が自分の体を張って成し遂げる大切な自己表現の機会」だと考えるのである。そして、出産が「ベスト・メモリアル」 になるためには、多くの条件をクリアする必要がある。

        健全な体(女性としての健康体と健康な子宮、そしてパートナーの健全な精子)

        健全な心(妊娠を期待し、妊娠を受容し、継続する意思。育児へとつないでいける準備)

        環境的準備(出産・育児のための資金計画、生活拠点としての場所の確保、身近な相談相手の同意)

など、大きくは「からだ」と「心」と「環境」という三つに大別できると考えられています。

 さて、いよいよ私の考える「出産の極意」について・・・

 

2)        オーダーメイドの出産

 まず、「出産」とは、すべてオリジナルなオーダーメイドであるべきだと考える。あなたはよく似た顔の人に出会ったとき、 あるいは同じ服を着た人に出くわしたとき、驚きませんか?自分の個性を意識し強調したいあなたが、その個性の出発点である「生まれる瞬間」 すなわち出生のときだけは、病院まかせでみんなと同じが良いと考えてしまうのでしょうか。こたえは簡単です。未知への恐怖なのです。

 

3)        出産アイテム=知識

 知識の乏しさからくる「未知の体験」への恐れがあるのです。しかも、その知識を得るには何も高額な授業料を払わなくてもいいのです。 「自分のからだを自分で知ること」は、そのきっかけをつかみさえすればいいのです。誰もが確実に、 自分自身にとって最も優れた理解者になれるのです。自分の身体ゆえ。そして女性にとっては、さらにもう一歩先の課題があるのです。

 

4)        人生マラソンでの事業

 それが「妊娠」なのです。これは「出産」というターニング・ポイントを持つ妊娠~出産~育児へと途切れることなく走り続ける 「人生マラソン」です。このマラソンにはパートナーと参加するとよいですが、女性の場合一人でも参加できます。なぜなら、 女性が産むことの可能な「性」だから。出産から始める「子育て」と「自分育て」は、どちらも「いくじ(育児・育自)」。そして、 どちらも妊娠という共通の出発点からスタートする、人生の中でも大切な事業だと考えたい。

 さて、育児を始めるにあたって、どこからどのようなスタイルでスタートするかということは、非常に大切なことである。ずばり出産について、 何を考慮すべきか?

 

5)        妊娠=生理現象

 妊娠・出産を病気だと考える人? ・・・では、なぜ「病院」という「病の人」を治療するところで出産しようと考えるのだろうか。それは 「健康」と「病気」とを区別する自身がないからではないだろうか?自分の体に変調を感じ、病院で受診する。「変調」 はよくない兆候であるという前提がある。一方、妊娠は確かに変化ではあるし、ツワリがあれば気分もよくないのだが、本人自身が、身籠る、 孕む(はらむ)ということに一種の快感を覚えたり、優越感・期待感を持つという場合も多いはずである。しかし実際には「変調」と「変化」 との違いに気づけない女性も多い。性交、受精に引き続く生体の反応である妊娠とは「母胎が胎児を孕み、その母胎の内で育む生体(生理) 現象である。

 

6)        愛しのエイリアン

 そして妊娠は、子宮内の固体(胎児)が自らの孕みの宿主である「母体」から生まれ出て(これを「娩出」という)別個の個体(新生児) である証の産声を上げるまでの期間、継続するのである。胎児は、たとえ母体が病にやせ衰えようとも、母体から(胎盤を通して) 栄養を搾取して、エイリアンのごとく成長、発育し、生まれ出るための栄養をまかなう能力を持つのである。愛しのエイリアンを280日間、 自分の子宮ではぐくみ続けてきた思いにより、母は出産した我が子を分身のように錯覚する場合があるが、これは仕方のないことだろう。 まさに身を削って育んだ我が子への思い入れだと考えれば。

 

7)        生まれ・生むこと=出産

 「産むこと」は、ずばり生理現象である。100人中99人までが、生理的な生体現象である。ところが、残りの一人。 この一人は妊娠という生理的変化に加えて病気を併せ持つ、いわゆる合併症のある妊婦なのです。 その合併症を持つ一人の妊婦の安全を保障するために、残りの99人の健康な妊婦も病を持つ妊婦と同じルートに乗らなければ安心できない、 という考え方が一般的になっている。健康だから妊娠できた女性が病人扱いされ、 不必要な治療を受ける危険性もあるのが現代医療の実情だとしたら、 あるいはオートメーション管理のような妊娠中の健康管理のもとに置かれるというのは、如何なものだろうか。

 日本の「出産文化」に警鐘をならしたい。出産する女性が、生産管理されたゲージの中の鶏にならならないように!  誰もが同じ栄養管理を受けない、薬品に頼り切った妊娠中の健康管理をされない、医療側の勝手な都合に合わせた時間に生まされない、 医療にだけ都合のよい分娩管理体制の中では、出産しない。

 画一化した産卵工場のような出産体験をしない。そのためには!

 

3  正しい選択力を持つ

 

 机の上で本を読むばかりが学習ではない。「自分のからだを正しく知る」ための学習こそ「自分らしく生きる」ための基本。そして、 男女を問わず、やや遅れたとしても人生の中の「妊娠・出産・育児の近辺での気づき」は、非常に大切な自己発見の機会になる。「うみだす」 とは、からだから湧き上がる力であり、決して後戻りをしない生命の底力の証だから。

 

1)        正しい知識をとことん知る

 生命の力を感知するためには知識を持つこと、感性を磨くことでからだのプラス変化を察知する。 子宮の中の胎児に意識を集中させると胎児の動きが読める。母体内の胎児の拍動のリズムを聴く。母体が喫煙することにより、 胎児への命綱である臍の緒の中の血液の量が半減する事実を、超音波エコーで見る。喫煙妊婦の出産には、 体重の少ない赤ちゃんが多いわけを考えてみよう。

 妊娠期間にだけ限定された体験から根拠を知る。実際の体験に即した「生の知識欲」は素晴らしい。 必要性を感じながらの学習意欲は圧倒的な力になる。

 

2)         からだの声に耳を傾ける

 知ってから、確かめる学習体験。母体内での胎児の位置を知る。心臓の位置を想定して胎児の心臓のリズムを聴いてみる。 頭を下にした頭位ではこの位置で聞こえるはず、手足の動きをここで感じるから、胎児の位置は安定している、 母体がリラックスしたときには子宮の中でも気持ちよく伸びをしたくなるだろうな・・・と、胎児の動きを予測できるところまでくればグッド!

 

3)        産みの場所は一番自分らしく

 性=セクシュアリティーは、自分の根幹部分。それをおいそれと人に見せても平気なのか?「窮鼠猫を噛む」ほども、追い詰められても、 姑の目の前では生み出せなかった初産婦だっている。

 病院のタイル張りの分娩室がプライバシーを守れない場所であることは事実。医者の全盛時代には、 完全に弱者になりきらないでは生むことができないという事態がつづいた近代産科事情の歴史と仕組み。産科医の大多数が「生み出せる性」 を持たない男性だったから。

 助産婦は、その全盛時代にはこともなげに産婦を解放し、自由に産める環境をつくっていた。

 

4) 出産ルネッサンス

  社会情勢に抹殺された産婆の歴史を、これから復活させる価値があると考える。産婆の業績「産みを中心とした仕事」を再検討し、 新制助産師は、より「産婆的」な活動をすべきである。

 

5) 産婆的活動

 「自宅こそ、出産に最適な場所」これは、九割の産婆さんが言いえる真実である。妊娠、出産、育児が同じ環境においてできることは、 自分を自然体にしてくれる。新しく命の息吹を挙げて生まれ出てきた赤ん坊と親子、兄弟姉妹との相互関係においても最適な環境である。 生理現象である妊娠、出産、育児という一連のサイクルは、家庭の中で主体的な関わりを持って進めていけることである。 母体から生まれ出ることによって胎児が新生児へと名実ともに激変する「出産」という瞬間を除いては。そして、 その場面での活動が最も専門的な腕の見せ場でもある助産師は今、産婆時代のように、活動の場所を再度確かめる時期にけているのである。

 

6)        産婆、改め「助産師」

 生命創造に深く関り、その手助けを業とする助産師は、一種シャーマン的な要素を持つ女性であってよいと考える。

 

4 「産み」からの出発

 一番落ち着ける場所、家庭(自宅)での、自然なリズムの中での出産。かつて「女は三界に家なし」と言われ、嫁ぎ先での男女差別を受け、 可哀想であった。いま女性は、産婦として、やっと自分自身の自由な選択を獲得した。自分が次の世代を産むことを選択できることにより、 女としての性を活かすという選択も可能なことに気づきはじめた。

 女は「産み」の後、大きく脱皮したことに気づくことがある。私だけの体験かもしれないが、ひとは、 自らのからだやこころの変化に自分自身で気づけたとき、自分に自信が持てるようになるのではないだろうか。

 私の場合、この助産師という「天職」にめぐり合えたことを起点として、子どもの産み方、助産師のあり方、 開業助産師としての展望へとこれから少しずつ、自分自身の生き方を納得していくことができるようになってきたと感じるのである。

 助産師としての私の人生はこれからである。

 もっと多くの人に助産師をしってほしい!

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